おはようございます?
最近、本は持ち歩きに便利な電子書籍版で買っていますでも、不思議と電子だと読み進まないけど、文庫だとすらすら読める本もあるのですよね…今日これから紹介する本も、そんな作品です笑
電子書籍で買ってあんまり読めなくて、無駄と思いながらも紙の方を買うのはいい加減止めなければと思っています(??;)
本日15:00〜24:00、明日13:00〜23:00で出勤しますお時間があればぜひ^^
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そんな今回は大江健三郎「性的人間」です
1968年に刊行された中短編集です『性的人間』『セヴンティーン』『共同生活』の3編が収録されています
どれも自意識や自我の暴走に苦しむ人間を描いた作品です哲学的な主題を退屈に感じる人も多いかもしれませんが、人間一度は、特に思春期には、「なぜ生きるのか」とか自分の存在について考えて、多少はもやもやした経験があると思います?この本はそのもやもやの深みに嵌った人たちの物語、とも言えるのでしょうか…
どれも印象に残る作品でしたが、特に『セヴンティーン』が分かりやすく面白かったです
物語は主人公の「おれ」が17歳の誕生日を迎えるところから始まり、彼による語りで進行します前半部分は思春期特有の自意識を拗らせた「おれ」が自らの内面や外見にコンプレックスを募らせ、学校や家庭において孤独と不安に苛まれる様が描かれますその描写が本当に痛烈で、「おれ」の自意識が余りに過剰気味だとしても、自分の思春期を振り返ると、彼の苦しみに共感出来るところもあると思うのです?
この物語の時代背景は安保闘争や学生運動が盛んな1960年代で、物語の後半で「おれ」は、その頃活動していた過激な右派集団に出会いますそれをきっかけに彼は孤独な精神の拠り所として極右思想へと傾倒し、やがては暴走してゆくのです…
「おれ」は常に他人の目、社会を気にする一方で、野良猫のように生きたいと願っていました
そんな風に彼は、フロイトの言う〈超自我〉と〈エス〉とのバランスを取る〈自我〉が不安定なまま、極右思想に精神の安寧と行動原理を委ねてしまったのですね…そうして歪められた自我は、間違った方へと向かってしまったようです
自分とは程遠いように感じる内容の作品だけど、これは「おれ」だけの物語ではない気がしました思春期を過ぎても自我が確立されていない人、それを自覚できていない人は、私も含めてたぶん沢山います大人になりきれなかった大人たちが、右でも左でも良いけど派手で耳障りの良い思想に出会うとどうなるか…この警鐘は現代にも通じると思いました
?つけ麺も好きです(o´▽`o)